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吉田拓郎 '70年代フォークソングとともに歩んだ私の青春
     

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歩道橋の上で/カントリー・バックステージ・ドキュメント
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    吉田拓郎&かぐや姫インつま恋2006
    つま恋2006

    来年2006年の「つま恋」コンサート、
    日程決まりましたねえ!!!


    9月23日(土)だそうですよ
    詳しくは、こちらへアクセスしてみてください。
    ちょうど、夏も終わりやや秋風が吹き始める頃でしょうか。
    時間がわからないので、オールナイトかどうか不明ですが
    おそらく12時には終わるでしょう。

    さあ、日にちが決まれば、後は来年に向けて体力をつけるだけです。

    がんばりましょう(^O^)y

    つま恋にゆくぞ~!!!
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    【2005/08/30 19:33】 吉田拓郎 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2) |
    吉田拓郎の「夏休みがいっぱい」
    sankyo1

    パチンコパーラー行ってきましたよ!
    目的の「吉田拓郎夏休みがいっぱい」の台はたった6台しかなくて、すでに占領されていました。当分空く気配がないので「OFFICIAL GUIDE BOOK」なるものをもらって帰って来ました。

    sankyo2
    中身はこんな感じ
    sankyo3

    またついでの時に行ってみたいと思います。
    このガイドブック欲しい方がいたら連絡ください。先着3名様に差し上げます。そんな人いないか(^^;・・)


    【2005/08/28 12:13】 吉田拓郎 | TRACKBACK(0) | COMMENT(1) |
    所有って何?
    meeheekoremote

    8/25日経新聞に載ってた記事
    ’通信会社勤務のH氏(38)は購入した音楽CDをパソコンのハードディスクにコピー。CD本体は捨ててしまう。「音楽は聴ければ十分。希少本やCDもネットで探せる。モノ自体を持ち続ける必要はない。」H氏の流儀は若い層に浸透、音楽のネット配信の普及とともに、旧来の販売手法や価格設定を揺さぶる。’さらに---------------------------------------
    ’モノを消費する時代からサービスや価値を消費する時代。ネットの普及が大量生産・大量消費を前提とした現代文明に転換を迫る’
    ---------------------------------------------------
    後者のコメントは分かるような気がするが
    H氏の考え方は、にわかに信じられない。
    音楽マニアの私の友人など、気に入ったCDがあると必ず2枚買うという。
    1枚は保存用、1枚は視聴用だそうだ。
    まあ、さすがに、吉田拓郎ファンの私でも、そこまではやらない。
    すぐにコピーして、本物は保存用としてとっておき、
    聴くのはもっぱら、コピーの方
    封を切るのが嫌だという理屈もあるが。。。
    H氏のように、捨ててしまうようであれば
    中古として、売りに出せばいい。
    なにも捨てることはないと思う。
    確かに、レンタルや中古市場が発達してきた現在
    大量消費は近いうちに頭打ちになる。
    しかし、「所有欲」はどうなんだろう?
    我々古い世代はこの「所有欲」を捨てきれないと思う。
    とりわけ、「koremote」サイトのmeeheeさんなど
    とんでもないことと思うに違いない。
    【2005/08/27 15:54】 吉田拓郎 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) |
    夏休みがいっぱい
    夏休みがいっぱい1

    いよいよ、わが町にもやってきましたよ’夏休みがいっぱい’!!!もう夏休みはあと少しだというのにねえ。パチンコなんてもう10年以上もやってないなあ。競馬や麻雀など賭け事が嫌いだからパチンコも滅多にやりませんねえ。まあ、今回はどんな台なのかだけでも観察してきましょうかねえ(o^3^o)

    夏休みがいっぱい2

    どこのパチンコ屋でも堰を切ったように一斉に導入してきましたね!
    拓郎ファンの署名活動が功を奏したのか?(そんなのあった???)
    【2005/08/24 07:06】 吉田拓郎 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2) |
    ○o。。バイバイラブ。。o○
    君に捧げるほろ苦いブルース

    「バイ・バイ・ラブ」といえば、拓郎の「外は白い雪の夜」を思い浮かべると思いますが、古くは、'60年代に荒木一郎の「君に捧げるほろ苦いブルース」という歌のさびの部分で「BYE BYE MY LOVE」と唄っています。'70年代には、アリスの「帰らざる日々」という歌でも「BYE BYE MY LOVE」のフレーズが出てくるのですが、面白いのはメロディーなんです。機会がありましたら是非両方の歌を聴き比べてみて下さい。「あれ~?」と思いますよ。それから、サイモンとガーファンクルの歌にも、そのままずばり「バイ・バイ・ラブ」がありますよね。
    拓郎は、この歌で男女両方の視点で唄っていますが、内容は女性のLostLoveですよね。荒木一郎のは、男の失恋なのか、女性が死んで後追い自殺なのか歌詞の意味がよくわかりません。(?)アリスのは、女性のたぶんLostLOVEで自殺をほのめかす内容です。拓郎の「外雪」は松本隆作詞ですが、完全に男が女を捨てるシチュエーションです。このことについては誰も異論はないと思いますが、不思議なのは、大概の女性がこの歌が好きだということです。拓郎も悦に入ってよく唄っていますが、「傷つけあって生きるより、なぐさめあって別れよう」なんて、意味わかりません!!!(^_^;;? '単に男が、「他に女ができたので、別れよう」といっているとしか聞こえません。
    その辺は、「感のするどい君だから、何を話すか分かっているね」とこう来るわけですよ!女は女で、うすうす感ずいていたから「あなたが電話でこの店の名を、教えた時からわかっていたの」と返すわけです。
    しかし、この男は紐だったのでしょうかねえ?
    「今夜で別れと知っていながら、シャワーを浴びたの悲しいでしょう」って、この女は、この後一体何を期待しているのでしょう。
    「せめて最後の一本は喫煙席で吸ってね」
    「男を縛る強い女」と「男にすがる弱虫」と、「君は両方だったよね」、二重人格ですか~?
    「涙で汚れてひどい顔でしょう」これが原因だね!
    「いつもあなたの影を踏み、歩いた癖が直らない」どんな癖なんじゃ~(-o-;)
    そういえば昔、「影踏み」という遊びがあったなあ。「NSP」の歌にもありましたよね。
    要するに、何が言いたいかというと、この詩は、一見悲しくも美しい歌のように聞こえて来てしまいますが、非常に男にとって都合のいい女をつくり上げていますね。だってそうでしょう。「この店」に電話で呼び出しただけで、すべてを分かってしまうなんて、そんな物分りのいい女なんていますウ?松本隆の実体験なのでしょうか?
    五木ひろしの歌で「待っている女」というのがありますが、作曲の藤本卓也さんの話だったか、渋谷の駅に女と待ち合わせをしておいて、自分はそこへ行かず、その待ち合わせ場所が見える近くの喫茶店の2階で、「待っている女」を観察して出来上がった作品だと聞いたことがあります。すごいですね~こわいですね~。^_^;

    【2005/08/21 15:53】 吉田拓郎 | TRACKBACK(1) | COMMENT(4) |
    「おはなし」 by キャッスル&ゲイツ
    カレッジフォーク

    <恋愛遍歴Vol.4「溺れる大人の恋」>
    高2の春だったろうか。
    中学の時の友人と共にクラス会のことで、ある女性宅を訪問したことがあった。この女性とは、中学1年と3年の時に同じクラスだった。この家は、父親がいなかったので、母、、祖母の女3人の家族であった。そのためか、彼女(明子さんとしておこう)は、一人っ子であるにもかかわらず、とてもしっかりしていて大人だった。中学の時の彼女については、あまり印象がなく、特に3学年の時は、前に書いたように友子さんと宏美との間で心が揺れ動いていたので、他の女性には興味がなかった。明子さんともたいした話はしなかったと思う。
    果たして、彼女の家を訪問すると、お母さんも明子さんも我々をあたたかく迎えてくれた。当時私は、失恋のどん底から這い上がって、ようやく平常心を取り戻していたころであった。明子さんと話をしているうちに、だんだん彼女がまぶしく見えてきた。髪が長く、明るい娘で、大人の女性の香りがした。用事が済んで、家に戻った私は、何か胸の中に熱くこみ上げてくるものを感じた。さっきまで、一緒に話をしていた明子さんの笑顔が頭に浮かぶ。中学時代には印象が薄かったがこんな素敵な女性が近くにいたのだ。一週間くらいして今度は私一人で彼女の家へ遊びにいった。この前と同様に、彼女はあたたかく私を迎えてくれた。彼女の家に男親がいないということは、いやらしい話だが、同じ男の自分としては、とても行きやすかった。それをいいことに、それからは、毎週のように遊びに行った。やがて、私は完全に明子さんを好きになった。彼女も私に好意をもってくれたようだった。デートはもっぱら彼女の家だった。母親も自分の目の届くところで安心だったのか、心を許していた。そんな風に始まった二人の交際もやがて、外でデートするようになった。最初のデートは、学校の帰りに映画を見に行った。「ある愛の詩」という、恋人が白血病で死んでしまうという悲しいストーリーであった。平日の映画館は空いていた。一番前の席に座り私は彼女の手を握った。あたたかく、柔らかい手だった。映画そっちのけで、神経は左手に集中していた。映画が終わっての帰り、あたりはすっかり暗くなり、彼女を家まで送った。玄関の前の暗がりで私は彼女の肩を引き寄せ、唇を近づけた。彼女は目を閉じて素直に受け入れてくれた。初めてのキスである。唇が震えた。わずか、数秒の出来事がとても長く感じられた。その日以来、学校へ行っても授業は上の空で、彼女とのはじめてのキスを思い浮かべていた。二人の交際はデートを重ねる毎にエスカレートしていった。ある日、学校から帰ると、彼女から誘いの電話があった。すぐに自転車を飛ばして彼女の家に出かけた。家族の人は誰もいなかった。お茶を飲みながら、たわいない話をした後、しばし沈黙があった。二人はどちらからともなく唇を寄せた。そして、そのまま倒れこむように横になった。彼女の胸は柔らかだった。心臓が激しく鼓動を打っている。私はすっかり気が動転し、とにかく夢中だった。彼女は、あくまでやさしく大人だった。
    その日どうやって家まで帰ったか全く覚えていない。これが大人の世界なんだ!たった一日の出来事だけで、私はそう錯覚した。それからの二人の関係は堰を切ったように進行して行き、私は身も心も彼女に溺れた。やがて、年が明け、春。3学年に進級、相変わらず授業には追いついて行けず、劣等感の日々は続いた。私は文科系の授業を選んだが、方向は美術系を目指していた。井の中の蛙とは恐ろしいもので、校内で人よりちょっと絵がうまいというだけで、美術系を選んでしまったのだ。
    その頃、世の中では、フォークブームが到来し、市民権を得てきたところだった。深夜ラジオでも、フォーク歌手のパーソナリティーが増えてきた。そして、TBSのパックインミュージックではフォークルの「北山修」からフォークの貴公子「吉田拓郎」にバトンが渡された。この時からいよいよ私の「拓郎おたく」が始まるのである。
    夏には、友人3人と長野県の勉強村で受験合宿をした。群馬を遠くはなれて、彼女のことが恋しくて仕方なかった。こんなようだから合宿の成果は疑わしいものがあった。2学期が始まり、フォーク狂いはますます進行、歌謡界では拓郎の「旅の宿」がヒットチャートに登り、ベスト10番組に拓郎の映像が流れた。番傘をさして小室さんたちと一緒の光景だった。
    つづく。。。

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    【2005/08/20 00:08】 フォークソング | TRACKBACK(0) | COMMENT(2) |
    パック・イン・ミュージック
    もう一つの別の広場

    <ながら族>
    「ながら族」とは、テレビやラジオの音楽をききながら勉強をするのが習慣になった若者たちをさす言葉で、まさに私がその「ながら族」であった。私は中学生の時から、朝方の勉強をしていて、深夜ラジオはよく聴いていた。特にTBSのナチ・チャコパックが好きだった。
    当時の深夜ラジオのパーソナリティーは、オールナイトニッポン(亀&アンコウ、今仁のてっちゃん、糸井五郎など)や、文化放送セイヤング(土居まさる、落合恵子、みのもんたなど)のように局アナが努めたり、TBSパック・イン・ミュージック(野沢那智、白石冬美、愛川欽也など)のように、声優が努めたりと様々だった。番組内容はリクエスト音楽をかけたり、若者たちから寄せられた投稿を、パーソナリティーが面白おかしく読むわけだが、時には涙するものや、悩み相談などが多かった。
    やがて、フォーク全盛の時代が訪れると、吉田拓郎や、谷村しんじ、松山千春など、フォークシンガーがパーソナリティーを努めるようになった。

    「受験生ブルース」 by 高石友也
    受験生ブルース

    <恋愛遍歴Vol.3「年下の小悪魔」>
    友子さんとの関係は、夏休みが終わっても相変わらず見詰め合うだけの日々が続いた。2学期が始まると、予定されている秋の文化祭の実行委員会が発足となり、そのメンバーとして私も選ばれた。さらに、そこに1・2学年からも男女数人が選ばれた。実行委員会の部屋は、職員室の隅に衝立で仕切った粗末なものだった。週2~3回メンバーが集まり、具体的な計画を立案していった。半月も経つと、メンバーは次第に打ち解けて、会議も堅苦しいものではなくなった。2年生の中に、肌が小麦色に焼け、健康的でとても明るい女の子がいた。どういうわけか、その娘とは、話が合った。仮に「宏美」としよう。宏美は年下ということもあったが、とてもコケティッシュで、明るい娘であった。友子さんが、神秘的でクールな陰とすれば、彼女は陽だった。上目遣いで語りかける彼女の笑顔は今までにないシチュエーションで、彼女の虜になるのにそう時間は要らなかった。一方、友子さんとの恋は膠着状態で、彼女の前に立つと何も言えなくなってしまう。気軽に話したいのにそれができない。そんな欲求不満を、なんの屈託もない宏美との会話で晴らそうとしていたのかもしれない。やがて、文化祭も終わり実行委員会は解散したが、宏美との関係はますます発展し、お互い「恋」と認識した。彼女はテニス部にいて、私のバスケの後輩のガールフレンドだった。後輩としては、同じバスケの先輩と毎日クラブ活動をやっているのは辛かったに違いない。悔しくもあっただろう。だが、彼はクラブをやめなかった。宏美のことも一言も口に出さなかった。私も幼かったのか、「良心」が咎めることもなかった。彼女の父は警察官で、交番勤務だった。交番は、某小学校の脇にあり、デートはもっぱらその小学校の校庭だった。ブランコに乗りながらたわいもない話をしながら時間が過ぎていった。彼女はある意味積極的だった。もちろん中学生のプラトニックに変わりはない。便箋いっぱいに「LOVE」の文字を綴り、私にくれたことがある。私も彼女もなかなか言葉では「好き」とは言えない。手紙にいっぱい「LOVE」の言葉を敷き詰めるのが、精一杯の愛情表現だったのだろう。私も今まで、こんな真っ直ぐな手紙をもらったのは初めてだったので、すっかり彼女のペースにはまってしまっていた。この頃になると、二人の付き合いは、既に周知となり、友子さんの耳にも入っていた筈だ。だが彼女からは何の言葉もなかった。
    やがて、私は中学を卒業し、前橋の進学校へ入学した。宏美との付き合いは相変わらずプラトニックな関係が続いた。高校での授業内容は厳しいものがあった。スタートからすぐに集団からおいて行かれ、その差は開くばかりであった。私はあせった。「恋」なんかに現を抜かしてはいられない。そのため、宏美とは少し距離を置いた。2学年に進級してからもトップ集団は見えて来ず、劣等感に苛まれた。そしてそれは急激な孤独感に変わり、何かにすがりたいという気持ちが増幅していったのである。1年余りも交信が途絶えてた友子さんのことが頭に浮かんだ。そして、次第にその思いは募って行き、彼女に手紙を書いた。返事は当然返ってこない。電話をかけるわけにも行かず、友人に相談した。しかし、いかに親友であってもこればかりはどうにもならなかった。だが、友人は、彼女の近況をそっと探ってくれた。彼女には新しい彼氏ができているようだった。それはごく自然なことだったが、ショックだった。どうしようもない寂しさが心の中を覆った。初めての失恋だった。失恋の痛手は相当深く、しばらくは立ち直れなかった。授業からは、すっかり置いてきぼりとなり、私の後ろにはもう誰もいなかった。その頃、ある雑誌で「ピーターマックス」のイラストを目にした。もともと絵が好きだったので、とても興味が魅かれた。グラデーションをうまく使った、サイケ調のポップアートだ。それ以来イラストにのめりこんだ。そうすることによって、失恋の痛みは少しずつ癒されていった。

    [続きを読む...]
    【2005/08/15 22:55】 フォークソング | TRACKBACK(0) | COMMENT(2) |
    「花の首飾り」by ザ・タイガース
    花の首飾り

    <恋愛遍歴Vol.2「一目惚れ」>
    一目惚れとは、まさにあの時のことを言うのでしょう。
    中学3年生に進級し、クラス替えが行われると、多くの初対面の人との出会いがあります。私は、人見知りするタイプなので、すぐには新しい人とは馴染めませんでした。そういった生徒達の垣根を取り払うという意味もあるのでしょうか。新学期早々、富士五湖への修学旅行が行われました。まる三日間クラスのメンバーと寝食行動をともにする訳です。ここでかなりの人間の性格がわかってきます。やたら、騒がしい奴、無口な奴、仕切るのが上手い奴など、、、私のことは一体どう思われていたのでしょう。女子はというとまだまだなかなか打ち解けません。借りてきた猫のようです。そんな中、一人だけとても私の気を引く女の子がいました。実はこの旅行の前の授業の時から、英語の発音がとても上手くて、何となく気にはなってはいたのですが、目がとても神秘的で、引き込まれそうな感覚がありました。もちろん話し掛けるようなことはできません。ただじっと彼女のことを見つめるだけでした。この旅行中よくバスの中で流れていたのが、ザ・タイガースの「花の首飾り」で、トッポの伸びやかな高音が恋に落ちた少年の心にじんわりと染みていったのでしょう。
    さて、この旅行には、3年生全員が出席しており、かの「初恋の人(幸子としよう)」も行動を一緒にしていたわけですが、その時には、もうすっかり「一目惚れの人(友子としよう)」に心を奪われ幸子さんのことは私の心の中にはありませんでした。
    旅行から戻り、また授業が再開されて、毎日学校へ行くのが楽しみになったのですが、問題が二つ残されています。一つは、いつ、どうやって「友子さん」に告白するかと言うこと、もう一つは、前の彼女(幸子さん)にどうやって別れを告げるかと言うことです。
    友子さんは、当時バレーボール部に入っており、私はバスケットボール部に入っておりました。ちょうどバスケの友人がバレー部の女の子と付き合っていたので、その友人を介して彼女に思いを告げました。答えは、「Yes」でした。もう天にも上る気持ちでとても嬉しかったです。結局、前の彼女(幸子さん)には何も告げず、私の方が彼女を避けるという形で、心変わりを知らしめた結果となりました。幼い少年の揺れる心と言えど、幸子さんにはとても悪いことをしたと今でも悔やんでいます。後日聞いた話ですが、その後の高校進学について、幸子さんは、最初、前橋の女子高に行くつもりだったのですが、私も前橋の男子校を狙っていたので、何かと言う時は方向が同じなので顔を合わせる機会も多くなるという理由から、高崎の高校に変更したとのことでした。
    こうして、人生2回目の幼い恋は順調にプラトニックな関係をスタートさせたのです。とはいっても中学生です。学校でべたべたするわけでもなく、休みの日にデートをするわけでもありません。ただ、授業中に彼女のことをじっと見ている、たったそれだけでとても幸せな気分でいられました。そして、時たま、意識してかどうか彼女が振り向き目が合うと、お互い頬を染めてたものです。電話もしょっちゅうかけられません。今のように自分の部屋で携帯で好きなだけ愛を語れる時代ではありませんでした。昔の電話はどこの家でも玄関の下駄箱の上にあり、会話は全部家族に聞こえてしまいます。彼女との会話を聞かれることくらい嫌なことはありませんよね。何を話すでもなく、黙っていても、電話の向こうに彼女の存在を感じられる。それだけでとても心ときめいたものです。そんな淡い関係の毎日が続き、やがて夏休みが近づいて来ました。そして、私は当時としては、非常に画期的な計画を立てたのです。夏休みにバスケの友人とその彼女と私達とで、榛名湖へピクニックに行く計画です。なんだあと思うかもしれませんが、当時の中学生でグループデートをしたなんて、聞いたことがありません。うっかりすると不良のレッテルが貼られてしまいます。だからこそ、地元から離れた榛名湖を選んだのです。そしてその計画はクラブ活動の日程が終了した2日後のある暑い日に実行されました。榛名湖は群馬の榛名山にあり、そこまではバスで行くこととなります。ところが、バスの中では、各ペアではなく男同士、女同士で座ったのです。なんとはがゆいことでしょう。榛名湖へ着いても、彼らは、付かず離れずで、とうとう最後までペアで歩くことはありませんでした。今ではとても考えられないことでしょう!
    一つ思い出しました。あの頃は全校で毎週のようにフォークダンスというのをやってましたね。「オクラホマミキサ?」とか、相手が順番に入れ替わるやつです。恥ずかしいやら何やらで、あまり好きではありませんでした。1曲で10人くらい入れ替わるのかな、よく覚えておりませんが、とにかく、そのダンスで彼女が2~3人前に見えてくると、もう心臓バクバクになって、そんな時に限って、曲が止まったりするんですよ。これが!!!私が唯一彼女の手を握ったのが、後にも先にも、このフォークダンスの時だけでした。どうですか!この汚れなき純愛!!!
    こうして、二人の関係は夏休みが終わっても相変わらずプラトニック関係が続いたのです。その年には、秋に文化祭の開催が予定されていました。2学期が始まるや早々、文化祭の実行委員会が発足、生徒会の各学年から、男女数人が選ばれました。私もその中のメンバーの一人として選ばれ、そして、そこに、記事「ある雨の日の情景」で私の心をもて遊んだあの「小悪魔」が現れるのです。
    続く。。。
    【2005/08/08 16:06】 グループサウンズ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2) |
    ヒロシマ60~南こうせつが歌い続ける広島~
    南高節

    <情報>
    本日、午後11時より東京FMFM群馬
    平和祈念特別番組「ヒロシマ60~南こうせつが歌い続ける広島~」
    再結成「かぐや姫」のライブが放送される予定です。
    皆さんお聞き逃しなく!
    また、明日の午後11時よりFM広島
    同ライブが放送されるようです。
    広島の方お聞き逃しなく!
    更に。。。。
    8/14(日)には、なんとTBSチャンネルで21:00~23:30まで、
    同ライブが放映される予定です。
    さあ、2006年つま恋の前哨戦です。
    来年に向けてテンションを上げて行きましょう!!!



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    発送が5日ですよ!
    アマゾン遅いぞ o(゚◇゚)○パーンチ!
    早速ダビング、ダビング、原本は大事に保存するのだ
    DVD Go!
    いいねえ、「間に合うかもしれない」
    ビデオと違って画像が安定している
    ややピンぼけなのは、元フィルムのせいだろう
    でも、すっきりしていて、音も気持ちなしかいいような気がする
    ヤマハの案内図ではあんまり広そうではないけど
    こうしてDVD見るとかなり広そう
    5万人入るのだから当然か
    「朝までやるよ!」と叫んでいるぞ
    来年はどうなるのだろう
    おいら、朝まで体力が持たない
    それにあそこは自由席なのか指定席はないのか
    トイレは大丈夫?これが一番心配
    あの炎天下、水分補給しないと熱中症になるしね
    でも、飲めば生理的現象が。。。
    おっ!「かぐや姫」に変わった。高節若い!!
    そういえば、広島では今ごろ再結成「かぐや姫」と山本コータローが
    演奏している頃か。。。
    おっ!パンダさんの「黄色い船」が始まった。
    ♪ウ~やや、ウ~やや。。。コーラスのつもり
    「なごり雪」いいぞ~
    あの頃の正やんの声がすき!いまどうしちゃったんだろ???
    75年と言えば30年前
    あの時おいらは、下井草のボロアパートで一人すねていた
    この同じ時間に、つま恋では5万人が史上初のライブを体感しているのだ
    う~ん。。。
    来年は行くぞ~
    這ってでも行くんだ
    誰も止めるなよ~
    「あの人の手紙」逃げる魚達には何の罪があるの~♪
    小市民のサラリーマンには何の楽しみがあるというの~♪
    あ~うっうっ、あ~うっうっ♪
    「夏休み」拓郎のお出ましだ!拓郎の声も若い!
    しかし、なぜ今回コータローは出ないんだろう
    「岬めぐり」も聞きたいねえ
    拓郎との仲はどうなんだろう
    一説には二人は。。。。。。。。。


    【2005/08/06 22:13】 吉田拓郎 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2) |
    恋は紅いバラ by 加山雄三
    恋は紅いバラ

    <恋愛遍歴Vol.1「初恋」>
    初恋の時のことって覚えていますか?
    幼稚園の時の先生とか、小学校の頃の同級生とか言わないでくださいね。憧れ的な感情だけじゃあなくて、これが恋なんだとはっきり自分で意識した時のこと。
    私の場合、中学2年の時でしたね。ある土曜日の午後、郵便やさんが私宛の1通の封書を届けてくれた。今まで、年賀状とかは友人とやり取りしてたけど、封書なんて初めてだったので、ちょっと、不思議に思い、裏を返すと差出人は小学校の時のクラスメートの女の子からでした。ますます不思議に思い、封を開けて中を読んで驚きました。なんとラブレターだったのです。読み終わってからしばらく茫然とし、やがて今までに感じたことのない胸のときめきを覚えました。そのラブレターの内容は今では全く覚えてなく、その後どんな返事を書いたのかも全然記憶になく、とにかくそれから二人のプラトニックな交際が始まったのです。
    彼女と私の家とは1Kmも離れていません。小学校の時は別に何の意識もせず、ただのクラスメートと言う以外何もありませんでした。ですから、中学に入っても、しかも1年2年とクラスが一緒になったわけでもないのに、何故に、私に好意を寄せたのか全く持って不思議でなりませんでした。機会があれば、クラス会の席ででも聞いて見たいと思っているのですが、もうずっとそのクラス会にも彼女は出て来ないので、あの時のことは未だに解らず終いです。二人のデートと言うと、近くの人気の少ない神社の境内が密会の場所でした。といってもいやらしいことは想像しないでください。彼女とは最後まで手も握っていません。二人の交際の内容はいわゆる「交換日記」のやり取りが主でした。映画とか、公園とかどこにも行きませんでしたね。学校へ行くと、登下校の時や、体育の時などはいつも教室の窓から彼女の視線を感じていました。恋人らしい会話や行動はほとんど何もなかったように思います。SASの「TSUNAMI」じゃないけど、見詰め合うと素直におしゃべりできませんでした。1度だけ質問したことがあります。「俺のこと好き?」が言えなくて、「Do you like me?」と英語で質問しました。そしたら「Yes,I like you」と英語で返ってきました。まさに中学英語でしたね。そんなプラトニックな付き合いが1年くらい続き、3年に進級すると、また新たな波乱の展開が、私を待ち受けていたのです。
    つづく。。。
    [続きを読む...]
    【2005/08/05 22:06】 アーティスト | TRACKBACK(0) | COMMENT(5) |
    LIVE'73 by 吉田拓郎
    LIVE'73

    大学生の時、付属の?女子短大の女の子と付き合っておりました。きっかけは大学のサークルが、短大も合同だったので、そこでお互いフォークソングで話が合い、というか別に口説いたわけでもありませんが、当時、アイドルだった「アグネスチャン」のように額が広くて、可愛い娘だなあといつも憧れの眼差しで見ていたら、その年の秋のある日、サークル帰りの駅のホームで、思いがけなく彼女から、手編みのマフラーをプレゼントされたんです。それで、あぁ彼女も自分に好意を寄せていてくれたんだと知り、それ以来、恋人としての付き合いが始まった訳です。
    彼女とは結構いろいろデートしました。ブルース・リーの映画を見に行ったり、金もないのに無理して渋谷のカクテルバーにお酒を飲みに行ったり、また、中野サンプラザへ拓郎の「LIVE'73」を見に行ったり、その帰りにパチンコ屋へ寄ったら、彼女初めてらしくとてもはしゃいでいました。思い出たくさんあります。私のボロアパートの掃除にも来てくれましたし、二人でギターを弾いてかぐや姫を歌ったり、彼女のアパートで夕飯をご馳走になったりもしました。当時彼女はあの有名な田園調布に、姉さんと一緒に住んでいたんです。そんな心うきうきの毎日がしばらく続きました。それがある時、ふとした行き違いで喧嘩となり、私も意地っ張りな方だったので、その後何の連絡もしなかったら、彼女の方からも何の連絡もなく、そのまま12月が過ぎ年が明け、'74年の早春のある日、彼女との共通の友人から、彼女が早稲田大学理工学部の学生と付き合い始めたと知らされ、私も意気がって、「あっ!そう!」とか言いながらも、内心ショックは隠せず、一人とぼとぼと家路に向かう西武新宿線だったのです。
    「LIVE'73」にはそんな思い出がたくさん詰められています。この、コンサートは11/26と11/27の2夜連続のステージでした。私達が行ったのは、11/26の方で、後にLPになったのは11/27の方だったそうです。幕間に拓郎が弾き語りをやってくれて、猫と一緒に「ある雨の日の情景」をお約束通りのスタイルで歌ってくれました。そう言えば、猫の「常富」さんは、早大理工学部でしたよね!まあいいんですけれど。。。
    大学を卒業して、共通の友人の結婚式で、また彼女と会いました。悲しい再会です。実は卒業するまで、彼女のことをずっと引きずっていたのです。しかし、今さらどうしようもなく、つきなみの挨拶を交わしただけで別れました。社会人になってた彼女は、いっそう綺麗になり、とてもまぶしくてまともに目を合わせることができませんでした。しかし、これで本当に彼女から吹っ切れるようなそんな気もしたのです。今ごろどこの空の下でどんな暮らしをしているのでしょう?風のたよりも届いてきません。お幸せであることを願っています。そんな彼女へ「暑中お見舞い申し上げます」。

    [続きを読む...]
    【2005/08/04 19:23】 吉田拓郎 | TRACKBACK(2) | COMMENT(3) |
    僕の一番好きな歌は by 吉田拓郎
    ’74縦断リサイタル

    ♪あれから10年歌は世につれ
    世は歌につれ変わって行くが
    心の底をえぐられる
    激しい鋭い刃を持った
    歌との出会いは消えました
    子供たちは大人になつきすぎ
    大人達は子供に優しすぎ
    僕の好きな歌を歌いましょう
    時代の流れを横目でにらみつけ
    いま いま 歌える歌は
    そうです 君の大好きな あの~♪

    (2番3番省略)

    ♪会社の社長さんなど偉いと思うなよ
    ましてや歌い手さんなど 先生諸兄など
    一番偉いやつ そいつはこんなやつ
    自分の叫びをいつでも持ったやつ
    自分の哀れを慰めたりしないやつ
    戦いに負けたと嘆くじゃないぞ
    つわものに立ち向かえば逃げるじゃないぞ
    僕の好きな歌を歌いましょう
    天下を取ったやつまともにらみつけ
    いま いま 歌える歌は
    そうです 僕一人大好きな あの~♪

    ♪人間なんてラララララララ
    ♪人間なんてラララララララ

    (1978.3.13 大いなる人ツアー 神戸国際会館)

    この歌は、'70年代のコンサートでよく弾き語りで歌われた歌です。
    レコードにはならなかったけど、とても拓郎らしく、どこか哀愁のある
    当時の拓郎の気持ちを素直に表現した名曲だと思います。
    私は、とてもこの歌が好きで、たまにテープを聞くと
    「あ~ア」とため息をつくくらいどっぷり拓郎にのめりこみます。
    CDでは味わえない、ライブの弾き語りでしか味わえない、
    恋の歌でもなく、メッセージ歌でもない、それでいて説得力の
    あるすばらしい歌だと思います。
    【2005/08/03 18:48】 吉田拓郎 | TRACKBACK(0) | COMMENT(1) |

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